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鈴木敏彦のゴルフ講座
第7話   軽井沢物語

私は軽井沢で生まれた。
正しくは、長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉。
「駅」は、軽井沢駅の隣の中軽井沢駅である。
其の昔は「沓掛村」と呼び「弱きを助け、強きを挫く」博徒 沓掛時次郎親分の地場である。 そもそも、川波家は上山田地方にいた「川波豪族」の末裔らしいと聞いているが、
どちらにしても品格はもち得ない家系である。

美しく雄大な浅間山に抱かれて、湯川が町に寄り添うように流れる。のんびり暮らす住民は人の良い田舎者達である。
其のころは、農業と林業が80パーセント。長野らしい(そば屋・鯉、 川魚料理屋・みやげ店と小旅館) 地場産業は、星野・塩壷の二大温泉と幾つかの材木工場ぐらいであった。 温泉財閥が、地元民を温泉やスケートリンク・日曜学校やテレビを見せて楽しませてくれた。

懐かしいのは、激寒の冬が終わり溶け始めた雪の下から若葉が出はじめるとき、待ちどうしい「春の匂い」がしたのを今でも思い出す。
避暑地としての「軽井沢」を発見したのは、英国人の宣教師アレキサンダー・C・ショー。私も26歳の時、6ヵ月半程イギリス(エジンバラ・セントアンドリュース・グラスゴー)で(アンティークゴルフクラブ・ゴルフ書・銀製品等の買い付け輸入)で滞在したが、風土が軽井沢や北海道に似ていた。

軽井沢が急激に変化したのは、西武が乗込んで来てからだ(道路・不動産・ホテル・ゴルフコース・スキー場・テニスコート)等、のきなみに開発した。私達が通っていた千ヶ滝小学校もテニスコートとして取られ、10kmある町の学校に合併された。大人になり、西武王国の発展の仕組みが分かったが、地域や住民を考えない「西武王国の崩壊」は50数年後にやってきた。

プレー代3万円前後した「軽井沢72ゴルフコース」も今はカンコウ鳥が鳴いている。名門「旧軽井沢ゴルフ倶楽部」 大正八年〜十一年に9ホールが完成。日本では7番目(現存では4番目)に開場した歴史ある「旧軽井沢ゴルフ倶楽部」は、別荘族達の発案で「軽井沢ゴルフ倶楽部」として誕生した。設計は、英国セントアンドリュース出身プロゴルファー トム・ニコル。ブルトーザーや重機器が無く人馬の力で造成された手作りのコース。

したがって、このゴルフ倶楽部は錚々たる会員で構成されていた。
皇族や貴族・華族。政界人(近衛文麿・佐藤栄作元首相)達。財界人や文化人・芸術家達が会員であった。

そのゲストとして、力道山・三橋道也や俳優達がプレーには来ていたが、名門「旧軽井沢ゴルフ倶楽部」の会員には成る事はできなかった。昭和7年、会員が増え成沢地区に18Hsの新コースを造り「軽井沢ゴルフ倶楽部」は移転した。そして「旧軽井沢ゴルフ倶楽部」として鹿島守の助(鹿島建設故社長)が買収し新たに発足させた。隣接して「鹿島の森ロッジ」がある。地元の人は、2つのゴルフ場を略して「新コース・旧コース」と呼んでいる。

(OUT6Hs・IN6Hs)12Hsのコースは、軽井沢の中でも最高級の別荘地に接し、旧道(通称・軽井沢銀座)から落葉松の道を2kmの位置。
寒冷地特有の野芝、距離も幅もグリーンもバンカーも小さめで、それが逆に戦略性に富み頭をつかわせる。美しい箱庭的でありながら、リゾートコースの使命を確実にはたしている。白樺の林、プレー中に聞こえる多種の鳥のさえずり、山の上で聞こえる「草軽電鉄」のノンビリ走る音や警笛がなぜか心地よい。

二階建クラブハウスは木彫で洒落ていた。そこでの会員達は、プレーだけでなく本を読みハンモックで昼寝をし、茸や木の実を採りに山に入る。ここに来る目的はゴルフだけではないのだ・・
欧米や豪州のカントリークラブでは今でもこのような風景をよく見る。
老人を家族がコースに送迎しそこで一日遊ばせている。カードやビリヤードをしながら仲間と歓談、体力を使わないパッテングだけをしてあとは昼寝で一日過ごす人も居る。
―老人ホームも兼ねているのだー

「プライベートメンバーコース」とはメンバーとファミリーの憩いの場所。日本のメンバー制ゴルフクラブは根本的に間違っている。
昭和8年〜28年頃に「旧軽井沢ゴルフ倶楽部」で、(叔父)川波義太郎・(父)川波義一はキャディーから従業員となりプロゴルファーとなった。(途中、数年間は戦争に出兵、ゴルフ倶楽部も閉鎖された)自分達の努力は勿論、いわゆる「日本を動かしていた大物パトロン」がいて彼らの出世を導いてくれた時代だった。

私は幼稚園の頃からはそこで遊ばされていた。会員の子供や孫達とも遊んだり、別荘や食事会にも時々同席させられた。
子供心にー父や従業員達の「ご主人様に対する滅私奉公」・特権階級人の「ふるまい」、「粋」な遊び方を見て何かを考えていた。  「月とスッポン」とはこの事である。

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